よくしてもらうほど、申し訳ない気持ちになるとき

電車で席を譲られて、とっさに「大丈夫です」と断ってしまう。

そのあと、少しだけ申し訳なさが残ります。受け取ればよかった、と思うわけでもありません。ただ、受け取るより断るほうが、体は楽だったというだけです。

もらうほど、落ち着かなくなる

親切にされたとき、うれしさより先に申し訳なさが来る方がいらっしゃいます。

何かを返さなければ、という気持ちが同時に立ち上がるからです。そのぶん、受け取ること自体に力が要るようになります。

これが長く続くと、返せそうにないほど大きなものは、はじめから受け取らないようになります。断ったほうが、心が静かでいられるからです。

受け取るには、身構えを解く必要がある

差し出されたものをそのまま受け取るには、一度、力を抜かなければなりません。

ところが、長く気を張ってきた人ほど、そこが難しくなっています。だから受け取りながら、これをちゃんと受け取れているだろうか、と考えてしまいます。頭では分かっているのにできない、という感覚については、頭では分かっているのに、できないのはなぜかにも書きました。

菜穂が、プライベートセッションでしていること

1対1の時間では、うまく話す必要も、整理してから来る必要もありません。何を相談するかを決めておかなくても構いません。

菜穂は、その時間に持っているものを全部差し出します。こちらに求められるものは、何もありません。返すものも、覚えることもありません。

そして多くの場合、変わりはじめるのは、相談した出来事のほうではなく、その人の毎日のほうです。数日たってから、体が休まっていることに気づく方がいらっしゃいます。

断り続けたまま、年月が過ぎると

受け取らない習慣は、そのままにしていると身につきます。頼らない、任せない、言わない。周りからは、しっかりした人に見えます。

そうして一年、二年と過ぎるうちに、助けが差し出されても手が出なくなります。いちばん必要なときに、受け取り方を忘れているということが起こります。

申し訳なく思うのは、心が狭いからではありません

もらうたびに落ち着かなくなるのは、素直でないからでも、ひねくれているからでもありません。長いあいだ、自分が渡す側に立ち続けてきただけです。

渡す側の人が、一度だけ受け取る側にまわる。それだけのことが、その人の毎日を変えていくことがあります。

プライベートセッションを受けた方から、お便りをいただきました。

お便り
先日はプライベートにヨガに そしてVoice Messageや Resonance Voiceと 沢山沢山ありがとうございました あの日はプライベートに始まって 次から次へと与えられる 菜穂ちゃんからのエネルギーが 私の許容範囲を超えているかと 思うくらい莫大過ぎて 私はこれを ちゃんと受け止められているのかと 思うほどでした プライベートで話してくれたこと 菜穂ちゃんがその全てを わたし達に捧げ続けてくれているからこそ 今のわたしがある まさにまさにです 菜穂ちゃんが全身全霊で してくれている事 そしてあり得ない程の このわたしの変化 これを忘れてはいけないと あらためて思いました この2日間は その事を想いながら 身体を満たしてくれる 菜穂ちゃんの究極に優しく 暖かなエネルギーを ただただ感じながら過ごしました 身体も休められて ゆっくりできています してもらってきた事の凄さと あり得なさに言葉もありません

参加者の方から届いたお便りより