べき思考に疲れて、すぐ落ち込んでしまうとき
「こんなことで落ち込んでいてはダメだ」。夜、布団に入ってから、頭の中でその声がくり返されます。
誰かに言われたわけではありません。それでも、こうするべき、こうしてはいけない、という物差しがいくつも浮かび、そのどれにも届いていない自分ばかりが見えてきます。
「べき」は、知らないうちに増えていく
家で、学校で、職場で。私たちは小さい頃から、こうしたほうがいい、それは間違っている、という言葉をたくさん受け取ってきました。
一つひとつは、誰かの経験や心配から生まれたものです。けれど数が増えると、自分がどう感じているかより先に、正しいかどうかで自分を測るようになります。「〜すべき」「〜してはいけない」で自分を縛るこの考え方は、べき思考とも呼ばれます。いつも何かに合わせ続けているのですから、それだけで疲れてしまいます。
落ち込んだときほど、正しさが増える
気持ちが沈むと、人は立ち直るための正解を探します。考え方を変える、感謝を数える、早く切り替える。
ただ、その正解もまた「こうすべき」の一つです。うまくできない日には、沈んでいることに加えて、立ち直れない自分まで責める材料になります。
周りを見れば、同じように頑張っている人がいます。そう思うほど、弱音を吐くことさえ正しくない気がして、誰にも言えないまま一人で抱えるようになります。
これが重なっていくと、落ち込むこと自体が怖くなり、少し沈んだだけで、底まで落ちていくように感じられてきます。
「こうしなさい」が一つもない話
ときどき、何も指示されない話に出会います。こうしなさいとも、それは違うとも言われない。
教わったことは何もないのに、聞き終えると、体の奥で何かが静かに整っています。傾いていたものが元の位置に戻り、まっすぐ立てる感じがしてきます。
正しさを手放そうと決めたわけでも、前向きになろうと頑張ったわけでもありません。測られない時間を、しばらく過ごしただけです。
測られないと分かると、人は身構えるのをやめます。身構えがほどけたところで、張りつめていた肩や呼吸も、ようやく自分のペースに戻っていきます。
沈みやすさは、心の弱さとは別のこと
何度も落ち込んでしまうのは、心が弱いからでも、努力が足りないからでもありません。たくさんの物差しを渡されてきた分、自分を測る回数が多かっただけです。
物差しを置いたまま聞ける場所が一つあると、沈むことへの怖さは少しやわらぎます。責める声が止まらない夜のことは、自分を責める癖が、どうしても止められないときに書きました。
Resonance Labo でお届けしているレゾナンスラジオは、日常の中でふっと戻るための、菜穂の短い音声です。その回を聴いた翌日、ひとりの方からこんなお便りが届きました。
参加者の方から届いたお便りより