Resonance Labo

励まされたのに、気持ちが重くなるとき

励ましの言葉をもらったはずなのに、帰りの電車で気持ちが沈んでいることがあります。

言われた内容は正しく、相手に悪気もありません。それでも、言葉と一緒に何かを持たされたような重さが残ります。

言葉のうしろに乗っているもの

人が話すとき、言葉だけが届くわけではありません。こうなってほしい、分かってほしい、良く思われたい。話し手の願いや目的が、言葉と一緒に届きます。

励ましも同じです。頑張ってほしいという願いは優しいものですが、受け取る側には、頑張らなければという荷物として残ることがあります。

重さは、一人になってから出てきます

その場では、ありがたく受け取ります。重さに気づくのは、たいてい家に帰ってからです。

言われたことを何度も思い出す。期待に応えられるだろうかと考える。こうして、短い会話が一晩じゅう頭に居座ります。

これが重なっていくと、人と話すこと自体に構えるようになります。

あとに何も残らない言葉

深い話でも、にぎやかな話でも、あとに何も残らない言葉があります。違いは内容の軽さではありません。話し手の側から、余計なものが乗っていないかどうかです。

こういう言葉は、聞いたあとに体が軽くなります。受け取るだけで済み、応えなくていいからです。

感謝が足りない、という話ではありません

善意の言葉を重く感じると、自分がひねくれているように思えます。けれど感じ取っているのは、言葉の中身ではなく、そこに乗った相手の願いのほうです。

感じ取れること自体は、鋭さであって欠点ではありません。言葉が多い説明ほど、かえって疲れてしまうも同じ話です。

言葉を通して届くものの違いについて、ある日こんな一通が届きました。

お便り
身体はその人そのものを現しているとか 菜穂ちゃんの状態が届くとか 私達には、目的、理想、願いがあるからズレが出てくるとか。 菜穂ちゃんの状態が届く凄さというのは、やっぱりノイズが無いことなんだと思います。 菜穂ちゃんにも感情は湧いてくるだろうし、ちょっと文句みたいなことも ワーワー言ってることもあるけど あと興奮もすごい でも憐れみ?じゃないけど、すごく目で包んでくれる感じもあるなぁと。 このちゃんとのYouTubeで見た時に、あー、こういう菜穂ちゃんも見たことあるかも〜と思って。 プライベートトークでたぶんそういうのも過去に受け取った気がします。菜穂ちゃんの眼差しから。 でもそこに、すべてに、私達からだと出てくるノイズがたぶん無いのだと思います。 だから重さがない。 変に残らないというのかな? 深い話でも、うるさい内容でも、ワーワー騒いでいても、文句みたいな内容でも。 ノイズが乗っからないから、シンプルで、深くても軽やかで、文句言ってても あとくされなくて、愛はそのまま純粋なものが届く。 そんな風に言葉で湧いてきました ただ、表面的には他の発信者さん達との違いは私達側からわかりにくいので、誤解もどうしてもあるのだと思います。 でも近くにいる人達ほど知っているはず。 「菜穂ちゃんから出ている状態」を受け取れることが、どれだけこの社会に、人の世界には無いことなのか。 人からノイズがいっさい出ないなんて、有り得ないから。 菜穂ちゃんの状態を受け取れること。 これは本当に貴重なギフトだなと思います

参加者の方から届いたお便りより