励まされたのに、気持ちが重くなるとき
励ましの言葉をもらったはずなのに、帰りの電車で気持ちが沈んでいることがあります。
言われた内容は正しく、相手に悪気もありません。それでも、言葉と一緒に何かを持たされたような重さが残ります。
言葉のうしろに乗っているもの
人が話すとき、言葉だけが届くわけではありません。こうなってほしい、分かってほしい、良く思われたい。話し手の願いや目的が、言葉と一緒に届きます。
励ましも同じです。頑張ってほしいという願いは優しいものですが、受け取る側には、頑張らなければという荷物として残ることがあります。
重さは、一人になってから出てきます
その場では、ありがたく受け取ります。重さに気づくのは、たいてい家に帰ってからです。
言われたことを何度も思い出す。期待に応えられるだろうかと考える。こうして、短い会話が一晩じゅう頭に居座ります。
これが重なっていくと、人と話すこと自体に構えるようになります。
あとに何も残らない言葉
深い話でも、にぎやかな話でも、あとに何も残らない言葉があります。違いは内容の軽さではありません。話し手の側から、余計なものが乗っていないかどうかです。
こういう言葉は、聞いたあとに体が軽くなります。受け取るだけで済み、応えなくていいからです。
感謝が足りない、という話ではありません
善意の言葉を重く感じると、自分がひねくれているように思えます。けれど感じ取っているのは、言葉の中身ではなく、そこに乗った相手の願いのほうです。
感じ取れること自体は、鋭さであって欠点ではありません。言葉が多い説明ほど、かえって疲れてしまうも同じ話です。
言葉を通して届くものの違いについて、ある日こんな一通が届きました。
参加者の方から届いたお便りより