考えごとが止まらず、頭が休まらないとき
頭は、こちらの都合では止まりません。
もう考えなくていいと分かっていることを、何度でも考え直す。決めたはずのことを、また最初から検討し直す。休んでいるつもりの時間にも、裏側でずっと動いている。
止まらない頭という状態
考えることは、本来は道具です。使いたいときに使って、終われば置く。置けなくなったとき、それは道具ではなく状態になります。
状態になると、内容は何でもよくなります。片づいた問題が片づけば、次の問題が自動的に入ってきます。
止めようとすることの副作用
止まらない頭に対して、私たちはまず「止めよう」とします。考えないようにする、気をそらす、予定を詰める。
どれも一時的には効きますが、止めようとする動き自体が、もう一つの考えごとになります。監視役が増えるので、静かになるどころか、少し賑やかになります。
「無になろう」として、うまくできない自分をまた責めてしまう。ここまで来ると、休むことがもう一つの仕事になっています。
決められなくなる、という影響
頭が休まらない状態が続くと、判断のほうにも出てきます。選択肢を並べ続けて、決められない。決めたあとも、決め直してしまう。
これは優柔不断なのではなく、比べる作業が止まらないからです。止まらないので、どこまで並べても「まだ足りない」と感じます。
そして決められないこと自体が、また新しい考えごとになります。
夜中の三時に、なぜ強くなるのでしょうか
同じ心配ごとでも、昼と夜ではまるで重さが違います。夜中に目が覚めて考え始めると、出口のない方向にばかり進みます。
昼は、周りに人がいて、やることがあり、比べる材料があります。夜はそれが全部ありません。頭の中の話だけが、ひとつの世界になってしまう。
朝になって考え直すと、たいしたことではなかったと分かる。それでも次の夜には、また同じ強さで戻ってきます。
何もしない状態が、ひとりでに起きるとき
意図して止めるのではなく、気がついたら止まっていた。そういう形でしか起きないことがあります。
そのとき、本人は何もしていません。何もしないという状態が、勝手に発生している。
考え続ける状態は、そのままにしておいて静かになるものではありません。使われ続けた道は深くなり、休み方のほうを忘れていきます。
これは考えすぎる性格だからだと考える必要はありません。止め方を知らないまま、ずっと使ってきただけです。自分を責める癖が止められないときという記事もあります。
そして、静かになった状態を一度でも味わうと、それまでが「普通」ではなかったと分かります。多くの方が、あとになってそうおっしゃいます。
「わたしが何もしない、という状態が起きるのか」。そう驚かれた方が、こう書いてくださっています。
参加者の方から届いたお便りより