頭では分かっているのに、できないのはなぜか
なぜ、頭で分かっていることが、そのとおりにできないのでしょうか。
その場では腑に落ちたのに、日常に戻ると、また同じところにいる。理解が足りないのだろうかと、もう一度学び直す。そしてまた、同じところへ戻ってくる。「もう少しで分かりそう」という感じだけが、何年も続いている。
理解と、体の動きのあいだにある距離
人は、頭で理解していることだけから影響を受けているわけではありません。分かったつもりの下で、体はそれまでどおりの反応を続けています。
理解が浅かったのではなく、理解では届かない場所にある。ただそれだけのことです。ですから、もっと学べば解決するとは限りません。
もう一度学び直す、という遠回り
できないのは分かっていないからだ。そう考えて、多くの方がもう一度学び直されます。本を読み、講座に出て、メモを取り、ルールを決める。
その直後はうまくいきます。二週間ほどで、元に戻ります。
次は「意志が足りなかったのだ」と考えて、決意を固くする。これも同じところで止まります。理解と決意はどちらも頭の側にあり、動いていないのは体の側だからです。
忘れても、戻ってこられる場所
すぐに忘れてしまうことを、多くの人は自分の欠点だと考えます。何度聞いても身につかない、と。
けれど、人は忘れるようにできています。大事なのは忘れないことではなく、忘れたときに戻ってこられる場所があるかどうかです。
戻る場所があれば、忘れることは失敗ではなくなります。忘れて、戻って、また思い出す。その往復のなかで、少しずつ体に残るものが増えていきます。
一度で覚えようとするより、何度でも戻れる形を持っているほうが、結果として遠くまで行けます。同じ話を繰り返し聞くことは、遠回りに見えて、いちばん確かな道です。
忘れることを前提にした場所
覚えていられないことを意志の問題として扱うと、行き止まりになります。覚えていられないのであれば、何度でも触れられる場所を持っておくほうが早い。
同じことを何度も繰り返してしまう理由については、関連して、別の記事。
学び直すたびに少し進んで、日常に戻るたびに少し戻る。そのままにしておくと、進んだぶんと戻ったぶんが釣り合ってしまい、何年も同じところにいることになります。
これは理解力の問題ではありません。むしろ、探し続けてこられた方ほどこうなります。よく学ぶ人ほど、頭のほうが先に行き、体との距離が開いていくからです。
知識が足りないのではなく、知識では触れられない場所にある。それだけのことです。
すぐに忘れてしまうご自身のことを、隠さずそのまま記した一通です。
参加者の方から届いたお便りより