気持ちは動いたのに、言葉にできないとき
帰りの車のなかで、今日のことを話そうとして黙りました。
何かが大きく動いた自覚はあります。それを説明する言葉が、一つも出てきません。
言葉にできないものは、なかったことになりやすい
人は、話せたものだけを記憶に残します。話さなかった出来事は、輪郭を失って薄れていきます。
だから、言葉にならない体験ほど早く消えます。大きかったはずのことが、一週間で思い出せなくなるのはこのためです。
説明を求められる場面で、困ります
何が良かったのかと聞かれて、答えられない。答えられないと、たいしたことがなかったように聞こえます。
聞いた相手は納得しないので、次からは話さなくなります。話さないでいると、自分のなかでも小さくなっていきます。
黙ったまま年月が経つと
一人で持ち続けたものは、確かめようがありません。確かめられないものは、だんだん自信がなくなります。
そのまま忘れてしまう方もいます。実際に起きたことなのに、思い違いだったことにしてしまう。
同じものを見ている人がいると、変わります
同じ体験をした人が一人いれば、説明はいりません。前置きなしで話が通じます。
通じた瞬間に、それは自分だけの思い違いではなくなります。記憶としても、はっきり残るようになります。
言葉が追いつくまでに、時間がかかります
何年かしてから、ようやく言い表せるようになることがあります。そのときには、体験のほうはずいぶん前に済んでいます。
だから、いま説明できないことを理由に、なかったことにしないでおくだけで十分です。書き留めておくと、あとで言葉が追いついたときに照らせます。
説明できる人が現れると、早まります
別の分野の人が、まったく違う言い方で同じものを指していることがあります。その言い方を借りると、急に説明できるようになります。
自分の言葉でなくても構いません。人に話せる形になった時点で、記憶としての残り方が変わります。
頭の整理の問題ではないのです
言葉は、体験より遅れて届きます。先に言葉があって体験が来るのではなく、順番はいつも逆です。頭では分かっているのに、できないのはなぜかにも通じます。
言葉にできないという話にうなずきながら、やはりこの世にはないものだと感じた。そう寄せてくださった一通があります。
参加者の方から届いたお便りより