スマホばかり見て、気持ちが沈んでいく一日
朝から雨で、夕方になっても空は暗いままです。
気がつくと、手の中にスマートフォンがあります。とくに見たいものがあるわけではありません。指だけが動いて、画面が流れていきます。
自分からは、もう何も始められない日
閉じたあとに残るのは、見た内容ではなく、時間だけが過ぎたという感じです。それなのに、少しするとまた手が伸びます。
こういう日に足りないのは、良い習慣の知識ではありません。何かを始める側の力が、その日は残っていないというだけです。
頼んでいないのに、届く
そこへ、菜穂から音声が届きます。申し込んだわけでも、相談したわけでもありません。その日に届いたから、聞いた。それだけです。
レゾナンスボイスとLINEボイス。菜穂は、日常の中でふっと戻るための短い音声を、ほとんど途切れることなく届けています。数分で終わる日もあります。
受け取った方が驚かれるのは、たいてい中身より先に、なぜ今なのか、という点です。ちょうどそのことで動けなくなっていた日に届いた、と書いてこられます。
聞くだけでよい、という形はめずらしい
世の中には、良いとされる方法がいくらでもあります。けれどどれも、こちらに元気が残っている日にしか始められません。
菜穂のところには、始めるための準備がありません。覚えることも、答えることも、続ける約束もありません。横になったまま、音が流れているだけの時間です。
だからこそ、いちばん動けない日にも届きます。似たものを探しても、この形はほかでなかなか見つかりません。
責める夜が、積み重なると
夜になって、今日は何もしていないと気づきます。そこから、自分を責める時間が始まります。
責めても、明日が軽くなるわけではありません。責めたぶんだけ翌朝の体が重くなります。責める声が止まらない夜のことは、自分を責める癖が、どうしても止められないときに書きました。
そのままにしていると、沈む、責める、もっと沈む、という順番のほうが癖になります。
動けなかったのは、意志が弱いからではありません
一日じゅう画面を見て終わってしまうのは、怠けているからでも、我慢が足りないからでもありません。先に動けなくなっていて、そのとき手の中にあったものを見ていただけです。
その日に二つの音声を受け取った方から届いた言葉です。
参加者の方から届いたお便りより