休んでも朝から疲れがとれない日が続くとき
しっかり眠ったはずなのに、朝がいちばん重い。
休みの日ほど疲れが出る。何もしていない日に限って、夕方には動けなくなっている。
睡眠時間は足りている。生活も大きく乱れていない。それでも、抜けない。
疲れは、使った量では決まりません
一日中動き回っても軽い日があり、ほとんど座っていたのに重い日があります。差を作っているのは運動量ではなく、その間ずっと張っていたかどうかです。
張っている状態は、本人にはほとんど感じられません。それが普通になっているからです。だから「何もしていないのに疲れる」という言い方になります。
休養を足しても届かないことがあります
たいていの場合、はじめに手をつけるのは休むことを増やすやり方です。早く寝る、休日は予定を入れない、栄養を見直す。
どれも正しいのですが、効いている実感がないという方が少なくありません。足りていないのが休みの量ではなく、休めているかどうかだと、量を足しても届かないからです。
そして「これだけ休んでもだめなら、もう体質だ」と結論を出してしまう。ここで手が止まります。
「休みなよ」と言われても
周りの方は、たいてい休むように勧めてくださいます。有休を取って、ゆっくりして、と。
けれど、休んでも抜けないからこそ困っているので、その言葉は届きません。むしろ、休んでも戻らない自分のほうがおかしいのだろうか、と思えてきます。
そして、疲れていると言うのをやめます。言っても仕方がないからです。ここから、一人で抱える時間が始まります。
自分の感覚以外のものが動くとき
ご自身で数値を測っていらっしゃる方もいます。ここ最近は下がる一方だったものが、ある朝、以前より高い値に戻っていて驚いた、というご報告をいただいたことがあります。
その方の場合であって、誰にでも同じことが起きるとは申し上げられません。ただ、疲れが「体質」という一言では説明しきれない場面はあります。
張ったままの状態は、時間が経てば戻るというものではありません。長く続くほど、それが自分の普通になり、戻る場所のほうを忘れていきます。
原因は、頑張りの量や休み方にはありません。降りる機会がないまま、長く走ってこられた。理由はそこにあります。朝、体が重くて動き出せない日や、詳しくは不安になりやすいのは性格だと思っていた方の話へ。
ご自身の数値の動きを記録していらっしゃる方から、こんな言葉が届きました。
参加者の方から届いたお便りより