腰の痛みが引いたあと、家の空気まで変わった
痛みが引いた日の夕方。
自分でも気づかないうちに、家の中での話し方が変わっていることが珍しくありません。言い方が柔らかくなり、返事が早くなり、気がつくと家族まで笑っている。
痛みは自分だけのものだと思われがちですが、そうではないのです。
痛みが、家の中に広がっていくこと
痛みがあると、動きが減り、言葉が減り、余裕が減ります。減った分は、いちばん近くにいる人に届きます。
届いた側も身構えるので、今度はその緊張がこちらに返ってきます。誰も悪くないのに、家の中の空気だけが重くなっていく。
我慢していれば済む、という考え方
多くの方が、まず我慢を選ばれます。言わない、顔に出さない、普通にふるまう。
家族に心配をかけたくないという気持ちからですが、体の状態は隠せません。言葉で隠したぶん、態度のほうに出ます。
そして、隠していること自体が新しい緊張になります。痛みと、隠す労力の二つを同時に抱えることになります。
痛みは、人と会う機会を減らします
痛みがあると、約束を断るようになります。行けるかどうか分からないので、最初から入れない。
そうして予定が減ると、外からの刺激も減ります。減った分だけ、痛みに向く時間が増えます。
体のことだったはずのものが、いつのまにか暮らし方全体を決めている。そのことに、あとから気づく方が多くいらっしゃいます。
ゆるむと、周りが先に気づきます
自分ではまだ分からないうちに、家族のほうが先に「なんだか楽そうだね」と言うことがあります。
人は言葉より先に、相手の状態を受け取っているからです。だから、自分がゆるむことが、いちばん確実に周りに届く方法になります。
痛みを抱えたまま何年か過ぎると、その形での関わり方のほうが普通になっていきます。そして、それが自分たちの関係だと思えてきます。
我慢の量や家族仲とは、関係がありません。体の状態が、そのまま場に出ている。ただそれだけです。一人だと続かないのは意志の問題ではないことにも、近いことを書いています。
腰のことと、家族の笑顔について届いた一通です。
参加者の方から届いたお便りより