自分が緊張していることに、気づけないとき
緊張しているかと聞かれて、していないと答える人がいます。
本人の実感としては本当です。困ってもいないし、慌ててもいない。それでも、肩は上がったままだったりします。
平常心と、緊張していない状態は違います
長く続いた緊張は、平常になります。物差しのほうが一緒に上がるので、本人の感覚では普通です。
比べる相手がありません。ゆるんでいた頃をもう覚えていないので、今が高いことに気づけません。
目安があると、扱いが変わります
自律神経の働きは、日によって大きく振れます。落ち着いている日と張っている日では、同じ人でもまるで違う出方をします。
感覚が当てにならない場面では、こうした目安が役に立ちます。気のせいではなかったと分かるだけで、その日の過ごし方が変わります。
気づけないまま続けると
気づかないので、減らしません。減らさないので、物差しがさらに上がります。
そのまま重なっていくと、ある日いきなり動けなくなります。前ぶれがなかったように見えて、実際には長く続いていた、ということがほとんどです。
続けて触れた日に、はっきり出ることがあります
一つだけでは分かりにくい変化も、続けて受けた日にははっきり出ます。差が大きいので、本人にも見えます。
そこで初めて、それまでの自分がどれだけ高いところにいたかを知る方が多くいます。
土台があると、上に乗せたものが効きます
同じ日に複数のことをしても、順番によって残り方が変わります。先に絡まりをほどいてから他のものに触れた日は、ゆるみ方が大きく出ます。
逆に、土台が固いままいろいろ重ねると、良い感じにはなっても深いところまでは届きません。表面だけが整って、本人はそれで満足してしまいます。
この状態が続くのが、いちばん見つけにくいところです。困っていないので、誰も手を出しません。
怖いのは、苦しさよりも気づけないことです
苦しければ、人は手を打ちます。困るのは、いい感じだと思い込んだまま進んでいる状態のほうです。
これは鈍いからだと考える必要はありません。人は慣れるようにできているからです。呼吸が浅くなっていることに、気づいていないときも同じ話です。
続けて聞いた日はゆるみ方が大きく、数値も高いところまで上がっていた。気づけないことがどれだけ怖いか、という報告が届きました。
参加者の方から届いたお便りより