職場の空気がピリピリするとき、自分にできること

朝、職場に入った瞬間に、その日の空気が分かってしまう。
誰かが苛立っていると、こちらまで身構えてしまう。
帰るころには、ただ話していただけなのに、ぐったりしている。

場の空気に早く気づく方ほど、この疲れ方をされます。

気づいてしまうのは、弱さなのでしょうか

空気の変化に早く気づく人は、気づかない人よりも多くのことを同時に扱っています。誰がいまどんな状態かを絶えず見ていて、それに合わせて自分の出し方を変えている。

ご本人は「気を遣っているだけ」と思っていらっしゃいますが、体のほうは一日じゅう働き続けています。特別なことが何もなかった日でも疲れるのは、そのためです。

気にしないようにする、では止まらないのでしょうか

多くの方が、まず「気にしないようにする」を試されます。相手の表情を見ないようにする、聞き流す、割り切る。

けれど、気づく力そのものは意志では切れません。見ないようにしようとすると、見ないようにするための力がもう一つ増えるだけで、疲れはむしろ増えます。

もう一つよく試されるのが、先回りです。相手が不機嫌になる前に動く、言われる前に済ませる。これも同じで、一日じゅう警戒し続けることになります。

場を変えようとするより先に、できることはあるでしょうか

順番が逆に見えているだけ、ということがよくあります。相手を落ち着かせようとするよりも、自分の神経が静まっているほうが、場のほうが先に静まる。

人は言葉より先に、相手の状態を受け取っているからです。人のそばにいるだけで自分の状態が変わることについては、こちらの記事でも触れています。

そのままにしていても、この疲れ方が自然に軽くなることは、あまりありません。気づく力はそのままに、身構える癖のほうだけが年々固くなっていきます。

気の遣い方や我慢の量に問題があるわけではないのです。生まれ持った敏感さと、「合わせなさい」という環境が長く混ざると、そういう形のまま固まります。

介護の現場で働いていらっしゃる方から、こんな言葉が届きました。仕事中は止めるつもりだった菜穂の声を、止め忘れたまま四時間を過ごされた日のことです。

お便り
いつも本当に、ありがとうございます 昨日、パート先の介護施設で、仕事中は止める予定だった 菜穂さんのお声、止めるのを忘れ、4時間勤務をしていました。 わたしから出る会話の質がいつもと違って、 (利用者様に喜ばれる)言いたいことが自然に出て、 遠慮なく話せていて笑い声も大きくて、不思議だった。 介護もスムーズだったし、スタッフ様も、 イライラしそうになられてはもわたしと目が合うと落ち着かれ、 その後も大丈夫だった。 また帰宅願望のある利用者様が夜、お部屋から出てこられたのですが、 目を合わせ会話をする中で落ち着かれて、認知症のある方ですが、 共通の会話や喜ばれるお話もでき、お部屋に戻られた。 もう、凄いんです。。 どこでも菜穂さんのお声を流すべきだと思う。

参加者の方から届いたお便りより