「嫌だ」と言えないまま、仕事を続けてきたとき
「みんなだって我慢してるよ」
子どものころ、家でそう返された経験のある方は少なくありません。嫌だと言っても、話はそこで終わりました。
嫌だと言わなくなるまで
嫌だと言うたびに、我慢の話か、頑張れの話が返ってくる。何度か繰り返すと、子どもは覚えます。言っても変わらない、と。
そこから先は、言う前に諦めるようになります。どうせやるのだから、せめてきちんとやろう。この切り替えが、とても早くなります。
大人になると、職場で同じことが起きます
仕事の嫌なことを、人に話さないまま片づける。愚痴を言うのは甘えだと、自分で先に止めてしまう。
周りからは、文句を言わない頼りになる人に見えています。本人も、そう振る舞えていることに少し安心しています。
飲み込んだ「嫌だ」の行き先
言葉にしなかった嫌さは、消えるわけではありません。肩のこわばりや、朝の重さや、理由の分からない疲れとして残ります。
飲み込むことが普通になると、自分が何を嫌がっているのかさえ分からなくなります。そのまま年月が経つと、嫌だと感じる前に体が先に固まるようになります。
話の大きさと、言えなかったことは関係がありません
言えなかったのは、内容が小さかったせいではありません。聞いてもらった経験がなかったからです。
受け止めてもらったことがなければ、嫌だと言うのが自然なことだとは分かりません。嫌がっている自分のほうがおかしい、と感じてしまうのはそのためです。親のことを考えると、今も胸がざわつくときにも近いことを書いています。
「分かる」と一言返ってきたとき
話したのは、本当に些細なことだったかもしれません。それでも、分かると返ってきた瞬間に、長いあいだ止めていたものが動くことがあります。
仕事の嫌なことを聞いてもらい、これまでの人生でこんなに素直に嫌と言えたことはなかったと、あとから気づいた。そう書いてくださったお便りです。
参加者の方から届いたお便りより