体調の波が大きい日でも、ゆるむ時間はあります
一日じゅう張りつめている人に、ゆるむ時間はあるのでしょうか。
朝から晩まで気が抜けない日が続くと、ゆるむという感覚そのものが分からなくなります。
一日の中は、平らではありません
同じ一日でも、体の状態は上下しています。ずっと同じ高さで張っているように感じても、実際には波があります。
その波の底と山は、目安にすると驚くほど開きます。本人の感覚では一日じゅう同じでも、体のほうは違う動きをしています。
一瞬でも上がる時間がある、ということ
大事なのは、一日の平均ではないのです。どこかにはっきり上がる瞬間があるかどうかです。
その一瞬があると、体はそこまで戻れるという記録を持ちます。記録があると、次に戻るのが早くなります。
一度もないまま続くと
上がる瞬間が一度もない日が続くと、戻り先が分からなくなります。低いところで平らになり、それが普通になります。
普通になってしまうと、疲れているという自覚も出てきません。自覚が出ないので手を打たないまま年月が経ちます。
物差しのほうが変わっていきます
続けていると、同じ高さの受け取り方が変わります。以前なら十分だったところを、もう物足りなく感じる。欲が出たのではなく、基準が上がったということです。
自分の変化をはかる手がかりとしては、この物差しのずれがいちばん分かりやすいものです。
上がる瞬間は、どこにあるのでしょうか
自分では気づきにくいものです。あとから見返して、この時間だったのかと分かることのほうが多くあります。
多いのは、人と過ごしているとき、体を動かしているとき、そして何もしていない短い時間です。予定を詰めた日ほど、その隙間が消えます。
隙間を一つ残しておくだけで、一日の形が変わることが珍しくありません。増やすより先に、消さないほうが早いということです。
数字を見て、落ち込まないために
目安の数字は便利ですが、低い日の数字を見て落ち込むこともあります。
見るのは一日の最低ではなく、どこかで上がった瞬間があったかどうかです。上がった時間があれば、その日は十分に戻れていた日です。
数字は、自分を評価するためではなく、戻れる場所を確かめるために使うと、長く付き合えます。低い日が続いても、記録のどこかに山が残っていれば、それが次の手がかりになります。
低い日があるのは、後退ではありません
暮らしのなかには、どうにもならない日があります。その日の低さは、続けてきたことの否定にはなりません。
見るのは一日の底ではなく、山があったかどうかのほうです。朝、体が重くて動き出せない日が続くときでも触れています。
ふだんは低いままだけれど、一日のどこかで大きく上がる時間がある。それがどれほどありがたいか。こう書き送ってくださいました。
参加者の方から届いたお便りより