疲れているのに、片づけだけが残っているとき
部屋の隅に積まれたまま、何週間も動いていない山がある。
やらなければいけないことは、はっきりしています。
手をつければ終わる。それも分かっています。それでも、体が動かない。泣きたくなるほどの量を前にして、立っているだけの時間が過ぎていきます。
動けないのは、意志の量ではありません
大きな作業の前で止まるとき、止めているのは怠けではなく、量の見積もりです。
全部を一度に思い浮かべると、体は「これは無理だ」と判断して動きを止めます。目の前の一つではなく、全体像のほうに反応しているのです。
気合いを入れる、という方法の寿命
最初に思いつくのは、気合いです。今日こそやる、休みを潰してでも終わらせる。
その日は動けます。終わったあとの消耗が大きいので、次の大きな作業が来たときの抵抗は、前より強くなっています。
小分けにする方法もよく勧められますが、小分けを考えること自体が一仕事になる方もいます。
何かが流れているあいだに、手が動いている
声を流しながら始めてみたら、思っていたよりずっと進んだ。休憩を取るのも忘れて、予定より早く終わっていた。そういうご報告をいただいたことがあります。
やる気が出たのではないのです。余計な思考に持っていかれなくなると、手のほうが勝手に進む、という順番です。
やらないまま残しておくと、残っているという事実が毎日消耗させます。片づけの重さより、そちらのほうが長く効きます。
これは、だらしないからでも、根気がないという理由によるものではありません。全体を一度に見てしまう、というだけのことです。考えごとが止まらず、頭が休まらないときにも書きました。
大きな片づけの日のことを寄せてくださった方がいます。
参加者の方から届いたお便りより