横になっても、深く眠れた感じがしないとき
横になった時間は足りているのに、なぜ休んだ感じがしないのでしょうか。
七時間眠っても、朝の体は前の日のままです。
眠ることと、深く休むこと
眠っているあいだも、体は見張りを続けていることもあります。物音で目が覚める、夢のなかで段取りをしている、歯を食いしばっている。
この状態が続くと、時間だけが過ぎて、回復の部分が進みません。だから長く寝ても足りません。
深い休息は、狙って取れません
力を抜こうとすると、抜こうとする力が入ります。休もうと決めた夜ほど眠れないのは、そのためです。
深いところまで落ちるのは、たいてい何かの途中です。移動中、待っているあいだ、人が動いているそばで。自分で頑張らなくていい場面のほうが、落ちやすくなります。
取れないまま重なると
回復しない日が続くと、疲れの物差しがずれます。この程度が普通だと思うようになり、疲れていること自体に気づかなくなります。
気づかないので、予定を減らしません。減らさないので、さらに回復しません。ここが抜けにくいところです。
人が動いているそばで、落ちることがあります
一人きりの静かな部屋より、誰かが動いている場所のほうが深く眠れる、という人は少なくありません。
静けさは、安全の合図ではないからです。周りが落ち着いて動いていることのほうが、危険はないという合図になります。
赤ん坊が生活音のなかで眠るのと同じ理屈です。大人になっても、この仕組みは残っています。
眠れない夜を、失敗と数えない
深く眠れなかった朝、多くの人は昨夜の過ごし方を反省します。寝る前に携帯を見たから、考えごとをしたから、と。
反省そのものが悪いわけではありませんが、眠りは努力で取り返せるものではありません。反省が重なるほど、次の夜に今日こそはと力が入り、かえって見張りが強くなります。
眠れなかった夜は、まだ構えが必要だと体が判断していた記録です。そう受け取るだけで、翌晩の入り方が変わります。
休む力は、休める条件がそろったときに、ひとりでに戻ってきます。短い昼寝や、人のそばでうとうとした時間も、その条件のひとつです。眠れた時間の長さより、どこでゆるめたかを覚えておくほうが役に立ちます。
気の持ちようでは、見張りは下りません
見張りが下りないのは、性格でも努力不足でもありません。安全だと体が判断していないだけです。一日の中に、気が休まる時間が一度もないときもあわせてお読みください。
見学のつもりで座っていたら三十分眠ってしまい、起きたらすっきりしていた。そう知らせてくださった方がありました。
参加者の方から届いたお便りより