人前に出るのが怖い、という思い込み
会議の席で、発言を求められそうな空気になる。目を合わせないように、手元の資料を見る。
「私には無理」
そう言い続けてきた人ほど、実際に試したことは少ないものです。
うまく話せる自信がない。自分をさらけ出すのは勇気がいる。だいたい、やったことがない。断る理由は、いくらでも出てきます。
怖さは、できないことの証拠ではありません
人前に出るのが怖いのは、能力の問題ではなく、体の反応です。見られている状態を、危険と同じ扱いにしている。
ですから、準備を重ねても怖さは減りません。準備で減るのは不確かさで、怖さのほうは別のところにあります。
引き受けたあとに始まる後悔
多くの方が経験されるのは、承諾したあとの数日です。なんで引き受けたんだろう、断ればよかった、まだ間に合うだろうか。
この時間がいちばん消耗します。当日より、当日までのほうが長いからです。
そして当日になると、思っていたほどではなかった、ということがよく起こります。怖さは、予測の中でいちばん大きくなります。
終わったあとに残るもの
不安なまま引き受けた経験は、終わったあとに形を変えて残ります。できた、という記憶です。
次に同じような場面が来たとき、その記憶が、怖さより先に顔を出すようになります。一度で怖さが消えなくても、怖さと並んで立てるようになれば十分です。
信じられる人がそこにいるかどうか
不安はあったけれど、この人を信じていれば大丈夫という気持ちのほうが大きかったから行けた。そう記してくださった一通があります。
その方は、怖さを克服したのではありません。怖さを抱えたまま、行ける条件が揃っただけです。
「無理」と言い続けたまま年月が経つと、試していないことが増えていきます。増えるほど、自分は無理な人間だという確信が強くなります。
これは、気が小さいからでも、努力が足りないからでもありません。安心して試せる場が、まだなかっただけです。人が集まる場に出ると、あとで必ず疲れてしまうときも同じ話です。
撮影の日のことを、ある方が記してくださいました。
参加者の方から届いたお便りより