人の親切を受け取れず、気持ちが重くなるとき
朝の支度をしながら音声を流していて、途中で手が止まりました。
胸がいっぱいになって、涙が出てきます。うれしいはずなのに、同時に申し訳なさが湧いてきます。
受け取ることの居心地の悪さ
もらうと落ち着かない人がいます。何か返さなければ、と反射で考えるからです。
食事をごちそうになれば、次は自分がと算段が始まります。算段しているあいだ、その好意そのものは味わえていません。
返せないものを渡されたとき
返せる範囲のものなら、まだ処理できます。困るのは、返しようのないものを渡されたときです。
そうなると、多くの人は申し訳ないという言葉でその場を収めます。受け取らずに済ませる、いちばん丁寧なやり方だからです。
遠慮が普通になるまでの時間
これを続けていると、人からの好意に対して身構えるようになります。そのまま何年も経つと、差し出されたものを見ないようにする癖がつきます。
親切な人ほどそうなります。図々しくない、という周りの評価がそれを支えます。
けれど、受け取れないのは性格の問題ではないのです。返せないものを持たされた経験が、単に少ないだけです。
返さなくていい、と言われても
気にしないでいい、と言われても落ち着かないことがあります。言葉で許されても、体のほうがまだ身構えているからです。
これは理屈で解けません。受け取っても何も起きなかった、という経験が何度か重ならないと、身構えは下りてきません。
申し訳なさの下にあるもの
申し訳ないという気持ちをたどっていくと、たいていその下に、自分にはその価値がないという前提が置かれています。
その前提は、たいてい古いものです。誰かに言われた一言や、家のなかの空気として長く置かれてきたものが、そのまま残っています。
本人はとっくに忘れていますが、受け取る場面になるたびに顔を出します。忘れているので、そのつど新しく湧いた気持ちだと思ってしまいます。
受け取れる量は、少しずつ増えます
一度に全部を受け取れるようにはなりません。小さいものから順に、返さずに済ませる練習が要ります。
ありがとうとだけ言って、その先を続けない。何か返さなければという言葉が浮かんでも、そのまま置いておく。最初は落ち着きませんが、何も起きないことがだんだん分かってきます。
受け取れる量が増えると、人に頼めるようになります。頼めるようになると、抱える量が減ります。順番としては、ここが入口です。
気づいていない分がある、という気づき
自分を責める癖が、どうしても止められないときにも通じます。
申し訳なさが出てくるということは、受け取っている自覚が出てきたということでもあります。
自分で気づいていない恩恵がたくさんある、申し訳ない。以下は、そう書いてくださった短いお便りです。
参加者の方から届いたお便りより