理由もないのに涙が出てくるとき
話し始めた、その最初の一分。
何を話そうか考えていたはずなのに、口を開く前に涙が出てくる。悲しいわけでもなく、つらい話をしているわけでもない。自分でも、なぜなのか分かりません。
涙は、理解より先に出ます
人は、頭で整理がついてから感情が動くと思っています。実際には逆のことが多いのです。
体のほうが先に緩み、抱えていたものが動き、そのあとで「ああ、これだったのか」と分かる。理解はあとからついてくる、という順番です。
一人で泣くのと、誰かの前で緩むのは違います
家で一人で泣いた経験は、多くの方がお持ちです。それでも、すっきりしないまま終わることがあります。
一人のときは、泣きながらどこかで自分を見張っています。いつまで泣くのか、明日は大丈夫か、と。見張っているあいだ、いちばん深いところは動きません。
誰かがそこにいて、何も求められていないとき、初めて見張りが外れる場合があります。
涙が出ない、という方もいらっしゃいます
長く張りつめてきた方ほど、泣けません。泣くところまで緩んでいない、というだけのことです。
ご自身では「冷たい人間なのでは」と思っていらっしゃる方もいますが、たいてい逆です。強く固まっているほど、外からは静かに見えます。
泣いてしまったことを、あとで恥じないこと
多くの方が最初に試されるのは、こらえることです。人前で泣くのはみっともない、相手に気を遣わせる、大人げない。
こらえた涙は消えません。行き場をなくして、肩や喉や胃のあたりに残ります。そして、まったく関係のない場面で出てきます。
「なぜ泣いたのか説明できない」ことを気に病む方も多いのですが、説明できない涙のほうが、たいてい深いところから来ています。
何を話したかより、何が緩んだか
終わってみたら、想像していなかったところに着地していた。そういう言葉をいただいたことがあります。
話す内容を決めてから行くと、決めた範囲のことしか出てきません。決めずに行くと、体のほうが先に選びます。
こらえ続けた涙は、そのままにしておいて減ることはありません。出る場所を失ったまま年月が経つと、感じる力そのものが鈍っていきます。
泣いてしまうのは、弱いから、という話ではありません。緩んだ、というだけのことです。気持ちを紛らわすために食べてしまうと気づいたときにも書きました。
二十五分のあいだに起きたことを、ある方が知らせてくださいました。
参加者の方から届いたお便りより