帰る場所がないと感じる夜が続くとき
「おかえりなさい」と言われて、思わず「ただいま」と返していました。
言ってから、自分で驚きます。その言葉を、長いあいだ使っていなかったからです。
家があることと、帰る場所があること
住む場所は誰にでもあります。それでも、玄関を開けた瞬間に気がゆるむかどうかは別の話です。
気がゆるまない家では、帰ってからも仕事が続きます。誰かの機嫌を見る、話しかける順番を考える。座っていても休んでいません。
ゆるまない状態が続いたあと
はじめは、寂しさとして出ます。そのうち寂しさも薄れて、そういうものだと思うようになります。
そうやって年月が経つと、ゆるむとはどういうことか分からなくなります。連休にまで予定を入れ続ける方は、少なくありません。
迎えられる、という経験の効き目
誰かが自分の到着を知っていて、迎える言葉を先に用意している。これだけで体の反応が変わります。
中身は一言です。それでも、その一言があるかどうかで、その日の残りが変わります。
迎える言葉は、用意がないと出ません
おかえりなさい、という一言は、その場の思いつきでは出ません。誰かが来ることを知っていて、待っていた人だけが言えます。
つまりその一言は、内容ではなく、待たれていたという事実そのものを伝えます。受け取る側が反応するのは、言葉ではなくその事実のほうです。
待たれた経験が少ない人ほど、反応が大きく出ます。驚いてしまうのは、そのためです。
涙が出た理由は、弱さとは別のところにあります
ふだん張っている力が強い人ほど、迎えられたときの反応が大きく出ます。張っていた分だけ、落ちる幅も大きいからです。
仕事の休憩中に動画を見ていて涙が出そうになった、という方もいます。親のことを考えると、今も胸がざわつくときでも触れています。
新しい場所に登録したら祝ってもらえて、おかえりなさいの言葉に思わずただいまと返していた。こう書いて送ってくださいました。
参加者の方から届いたお便りより