事故のあと、示談がまとまらない時期の重さ
結論が出ないまま待つ時間は、どうしてこんなに重いのでしょうか。
自分では何も動かせない。相手の返事を待ち、専門家の判断を待ち、また待つ。そのあいだ、日常はいつもどおりに続いていきます。
待っている時間は、休んでいる時間ではありません
手続きが止まっているあいだ、体のほうは止まっていません。いつ連絡が来るか分からない状態は、常に半分だけ構えている状態です。
だから、何もしていない日にいちばん疲れます。やったことの量と、疲れの量が合わない。周りからは「まだ続いているの」と見えるだけで、こちらの消耗は見えません。
考えても動かないことを、何度も考えます
たいていの場合、はじめに手をつけるのは情報です。似た事例を調べる、見通しを立てる、どう転んでもいいように想定しておく。
その場は落ち着きますが、数時間で戻ります。決まっていないことは、いくら考えても決まらないからです。
「早く終わってほしい」と願うほど、終わっていない現在が重くなる、ということも起こります。
周りからは、手続きにしか見えません
周囲の人にとって、それは書類と連絡の話です。進んでいるか、まだかを聞かれ、答えると話題は次に移ります。
けれど当人にとっては、生活の真ん中にずっと置かれているものです。この差があるので、話しても分かってもらえた感じが残りません。
そのうち、聞かれても「まだです」としか言わなくなります。そこから、一人で持つ時間が始まります。
数字に出ない変化
手続きが続いているあいだ、目に見える進み具合は書類の上にしかありません。気持ちの変化は、どこにも記録されません。
それでも、夜に考え込む時間が短くなった、連絡を待つあいだに別のことができるようになった、という形で変わっていきます。
本人がいちばん気づきにくいのは、この種類の変化です。ほどけているかどうかは、書類より先に、毎日の過ごし方に出ます。
中身が分からなくても、ほどけていることがあります
何に絡まっているのか自分では分からない、けれど確実にほどけている。そう教えてくださった方がいます。
絡まりは、名前が分かってからほどけるわけではありません。順番が逆でも構わない、ということです。
宙ぶらりんの状態を持ち続けているうちに、待つ姿勢そのものが体に残ります。決着がついたあとも、身構えだけが続く方は少なくありません。
これは、気が小さいからでも、割り切りが下手だからではありません。自分では動かせないものを持たされている、というだけです。お金の不安が頭から離れない日が続くときに詳しく書きました。
手続きの途中で、神経の落ち着きについて知らせてくださった方がありました。
参加者の方から届いたお便りより