職場でいつも自分が合わせる側になるとき
会議の日程は、自分の予定を最後に決まります。
食事の店も、帰る時間も、たいてい先に誰かが決めています。それで困ったことはありません。
困っていないのに、月曜の朝だけがやけに重い。
合わせるのは、性格ではなく役回りです
合わせる人は、場の空気を早く読みます。読めるので先に動けます。動けるので、周りはその人に任せます。
ここまで来ると役回りが固まります。本人は自分が楽だからと思っていますが、選んだというより、そうなっているだけです。
合わせ続けた分は、あとから請求されます
その場では何も起きません。出てくるのは、何年かしてからです。
何をしたいか聞かれても答えが出ない。休みの日の予定が立てられない。増え続けると、自分の希望というものを思い出せなくなります。
これは我慢強さの問題ではありません。使っていない機能が動かなくなった、というだけです。
合わせている自分に気づく入口
自分が合わせていることは、合わせているあいだは見えません。見えるのは、たいてい体調のほうが先です。
日曜の夕方が重い、予定のない休日が落ち着かない、誰かの機嫌が変わると胃のあたりが縮む。こうした反応は、役回りが固まっているときによく出ます。
性格の話に見えて、実際には置かれている位置の話です。位置が変われば、反応も変わります。
自分の希望を、小さく口にしてみる
合わせる役回りから抜けるのに、大きな決断はいりません。昼に何を食べたいか、どちらの日が都合がいいか。小さな場面で、先に自分の希望を言ってみる。
最初は、言ったあとに落ち着かなくなります。それでも、言っても何も起きなかった経験が重なると、体のほうが先に慣れていきます。
合わせてもらう側に回ると、分かります
頑張るほど、かえって遠ざかる感じがするときにも近いことを書いています。
合わせてもらう経験がないと、合わせている自分にも気づけません。比べるものがないからです。
一人ひとりに合わせて用意されていたと知ったときの驚きを、書いてくださいました。見えないところでずっと整えられていた、という言葉をいただきました。
参加者の方から届いたお便りより